つら、、
まじでつらい。しにたい。何がつらいとかもうよく分からない。人生終了したって良い。
こんな感情は今だけのものではない。スマホを手に入れて、Twitterで自由につぶやいたり悪い言葉でも書いて良かったりということを覚えてから、自分の気持ちをよく書いていたが、軽率にしにたがっていた。それだけではない。人生をかけてた受験に失敗してからというもの、それまでも自分というものは無かったが、自分は無く体すらも上手く動かなかった。幽霊のように過ごしてきた。こんな僕には浪人という道は残されていなかった。
毎日家にいて、もぬけの殻になっていても、働け働けと急かされる。別に人生をやり直したいわけではない。今の能力なら、また同じ人生を送っていると思う。なぜなら僕は一日一日を一生懸命生きてるからだ。今の結果が今の全力。能力的に努力ができない体に生まれてきちまったな、と感じている。なので継続するというよりは、瞬間最大速度をどこに使うかを大事に生きていかなければ何もできないマンになると思う。もちろん、努力できる人間には劣る。そして、日常生活を送る行為において効率を最優先すべきなのだと思う。なので、大事な場面以外は、気を抜いて生活しなければならない。無駄な行為は一切やらない。多分これは僕の脳や体が勝手にやっていることだ。
しかし、僕の家族は、常に全力で取り組まなくてはいけない!という思想。僕以外全員だ。もしかしたら気を抜いている時間もあるかもしれない。しかしそういう時は大抵僕を頼る。そして、ちゃんとしろと命令されているようにしか思えない。
僕はそんな他人のために働きたくない。僕には僕のペースがある。普通の人なら、全力モードから休憩モードまでスムーズに切り替えできるのかもしれない。しかし僕は全力モードの体力は一定時間しか持たないし、体力がなくなっても休憩時間まで全力モードの心でいるので、心は休まっていない。そして次から次へと仕事を任されるため、心はもう限界。自分を守るため、今はほとんど何もしていない。死ぬほど頼まれないとやらない。酷いじゃないか、と思うかもしれない。でも僕は毎日もぬけの殻状態なのだ。心をもっともっと休ませてあげないと元には戻らない。というか、家族に喋りかけられる度、心がすり減ってる気がする。一定期間誰も喋りかけてこないで欲しい。僕の生活を管理してこようとしないで欲しい。
今まで述べた文から考えると、僕は一人暮らしをした方が良いという結論に落ち着く。少し前の自分なら、どこに精神を使ってそしてどうすれば良いかなんて考えついていないと思う。いい加減、僕を支配しようと考えないで欲しい。
親に根性論を色々言われ返事しろと言われるのだが、僕が散らかった家を出て効率的な暮らしをしたいなんて言い返せるわけがない。というのも、親は自分にない考えを拒絶する傾向があるからだ。僕がオタク趣味をしようものなら、気持ち悪いと否定する。色々語ろうものなら、理屈っぽいと言われる。そして、所詮子供の考えだと思って貶す。進路決める時はこの傾向が出てき過ぎてて今考えると相当気持ち悪い。僕が何もできないのは事実だが、頑張って考えたことをダメダメ言うのも違うと思う。最近質が悪いのが、子供に甘えるようになったことだ。僕だけじゃない。他の兄弟にも甘えが行っている。まぁ甘えるだけならコミュニケーションの一環として別に良いと思うだろう。しかし、甘えられるというのは、その人が何もできなくて、すり寄ってくるイメージで、金貯まったりという条件が揃っても一人暮らししたいと言った途端、私情で全力で阻止してくるような気がとてもしている。ありとあらゆる毒親の記事を拝見していて、とてもとてもそう思う。確定はしていないが。というか、僕は一人暮らししたいと少し言ったらダメだと言われている。こうした背景があるので、今すぐにでも荷物をまとめて強制的にでも出て行こうとしている。
勘違いしないでいただきたいのは、自分の親を毒親だとは思いたくない。普通に感謝しているし嫌いなわけではない。愛してるんだろうなという断片は感じ取れる。ただ、この僕の性格と合わなすぎるだけだ。それが毒というものなのだろうか。僕の心はとても優しいので長い間愛してくれている人を傷つけたりしたくないとは思っている。ベタベタ仲良くしたくは全然ないが、今後も良好な関係でいたいとは思っている。なので僕の欲求を満たしつつなるべく平和的解決に持っていきたいと思っている。
こんなことを言うと身内から、僕自身からは愛しているのかどうなのか、と質問されそうだ。正直愛しているとかそういった感情の感覚については僕はよく分からない。なので多分どうでも良い。心が生き生きする環境で暮らして苦痛を感じずに死んで望んだ墓に入れればなんでも良い。
ここで問題なのだが、僕には片付ける能力が無い。それ故、一人暮らしを進める作業は難航している。それは本当に頑張る。時には根性論で乗り切らなくてはいけないこともあるだろう…。しかしこれは日常生活ではないため、根性論を使っても良いと思えるので良い。片付けって手順がはっきりしているし、効率でどうにかなる問題ではない。自分が散らかした分、地道に作業していくしかないのだ。まぁ自分が散らかしたのではないのだが。苦手だけどやるしかないのだ。この生活から脱して心を休ませるために。
それと問題なのは、お金がないことだ。僕はシュッシュッとテキパキマルチタスクで動けないので、飲食は無理だ。実際クビになった。接客業も、声が小さいしコミュニケーションに難があるらしいので、無理だ。全ての面接で落とされてしまう。一つ通りそうだったが、書類を期日までに揃えられず、そうした社会不適合な部分で落とされてしまった。普通の会社に入るとなると、社会不適合すぎてすぐクビになるに違いない。工場はどうかと言われるが、周りに工場なんてない。それとボーっとして見過ごしそうな気がする。脳は楽しいと言わなそうなのですぐ辞めるに違いない。実際辞めた。一つ望みのある職業はある。しかし、その職業には就くなと親から言われた。でもここで引き下がっている僕ではない。これしか望みがないのだ。親に相談とかせずに絶対にその職業に就いてみせる。それは都市部にしか求人がないため、一人暮らしをするための言い訳の材料ともなるだろう。
一刻も早く心を休ませてあげなければ。全然生きている心地がしない。何も食べたくない。というか何食べても腹が満たせれば同じ。心は死同然。今の環境に耐えて根性論で片付けして望む職種に就職できるように頑張るか。無理。心持たない。心持ってたらこうしてブログ書いてない。保険証は使えない。病院には行けない。睡眠導入剤を導入するかと考えたが、病院でしか処方してくれないらしい。詰んでる。こんな人生終えた方がマシだ。救済なんてやってこない。掴みに行くにも金がかかる。死んだら何故もっと早く相談してくれなかったのって言われそう。できてたらしてる。想像以上に追い詰められてるな、僕。心が優しすぎるんだよな…。そう思うと中々イライラしてきたぞ…。現に飴噛んで食ってるし。能力とやりたいことが嚙み合ってないな。いつもいつもそうなんだよな。死にたすぎる。
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